ケガで運ばれた日に医師が言ったように、夫は1週間過ぎても座れる気配さえ無いままだった。
排便障害もあるのか便秘が続き看護師さんに摘便(便を掻き出す)や浣腸をしてもらっても3日か4日に1度しか排便がなく苦しんだ。
腹圧が弱いため、笑う時も「ハ、ハ、ハ…ハ、ハ…」と弱々しい声しか出せない。そこで、肺活量を鍛えるために音のしない笛を買ったりもしてみた。
フークルンという商品で息を吹くと小さな板の両面にネコが描かれていて、パタパタ回る仕掛けになっていた。強く吹くとパラパラ漫画の原理でネコが走り出す。
私が吹くとネコは勢いよく走り出すのに、夫が吹くとネコはコマ送りの様に2,3歩あるくとすぐに疲れて休んでばかりだった。
それでもリハビリは継続して毎日行われた。
リハビリには大まかに3種類あって療法士も担当が分かれている。簡単に説明すると、
PT(理学療法士)基本的な運動機能の改善
OT(作業療法士)日常生活において必要な身体機能の改善
ST(言語聴覚士)言語機能や聴覚機能の維持、改善
となっており、夫は理学療法士さんと作業療法士さんにお世話になった。
作業療法では、始めの頃は少ししか動かない手指や肘、肩などの曲げ伸ばしをしたりマッサージで痛みも和らげてもらっていた。
理学療法では、頚損患者につきものの起立性低血圧症を改善するためのリハビリが行われた。
ベッドの背もたれの角度や、車イスに乗せて角度を徐々に上げていくところから始まった。
少しでも角度がつくと首や肩が酷く痛むのと、ザァーッと血圧が下がるため2,3分程しか角度を継続できなかった。それでも続けていくうちに段々と角度が上がり、時間も長くなり、やがて端座といってベットの端に座れるようになった。
形こそは成していたが痛みは強い様だし、足には血圧低下を防ぐため包帯がゲートルみたいにグルグルと巻かれていた。
車イスのリハビリでは、垂直に座らせ血圧が下がると、慌てて床と平行になるように車イスの背を傾ける。また座らせて血圧が下がると大慌てで車いすを傾ける。また…。
それが何度も繰り返される様子を見ていると、昭和コントみたいで不謹慎ながら少しおかしかった。
毎日、毎日、コツコツと確実にリハビリの成果は上がっていった。
入院して3週間が経過するころには、足に包帯、腰にコルセットを巻き、立て板にベルトで固定して立位をとれるようになった。視界が久しぶりに開けた夫は嬉しそうだった。
作業療法の方も進められ、左手は握力0で全く動かなったが、作業療法士さんが、
「以前よくしていた行動が一番思い出しやすいんですよ。握っているところを強くイメージして下さい」と缶コーヒーを握らせてくれた。
すると、習慣とは恐ろしいもので、中指がピクリと反応し僅かに動いた。
それを目の当たりにした時は鳥肌もので、作業療法士さんがちょっとしたマジシャンに思えた。
それからは他の指も少しづつ動くようになりボールを軽く握れるまでに回復した。
~入院から退院まで~(起立性低血圧症)