退院して夫は職場復帰に向け動き出した。
一緒に生活している私としては、かなり難しいことなのではと不安しかなかった。
職場から、就業可能かを判断するために医師からの診断書を提出することと、
今現在、実地出来る事項として書類を提出するようにも言われた。
就業可能な場合、出来る業務と出来ない業務を判断し考慮してくれるようだ。
医師が出してくれた診断書は思ったよりも簡単なもののように思えた。
診断書
病名 頚髄損傷
上記診断の為ボタンを留めることが出来ない(巧緻障害)、両上肢に痛み・痺れあり・指先痛覚なし、
下肢全体痺れあり(特に足底が強い)Lt.>Rt.、
右手で洗顔・洗髪可能、左手では不十分、手指冷感が強く体温調節が出来ない、杖歩行されているが階段昇降は2、3階までが限界でありリハビリ目的で通院中です。現在の状態では、デスクワークは可能です。
以上
医師側としては、職場がどんな業態化もわからないのだからデスクワーク可能と書くことで精いっぱいのところだろう。
なので自分で提出する書類に関しては少し細かく記入することにした。
和式トイレ不可
食事は自分で可能
自動車の運転は15分程度であれば可能
階段は手すりがあれば2階くらいまでなら可能
PCは右手使用率80%左手使用率20%で休息をいれながら可能
歩行については杖ありで200M程、同一フロアーであれば杖なしでも可能
直立停止のままで(幅10~20cm)の楽な姿勢で5分前後は立てる
重量物については3kg前後の物は手にもって歩行可
着座においては30分に1回ほど血流をよくするために1分程歩行して改善する必要がある。
これだけ不利な条件で果たして職場復帰は叶うのか、夫のがっかりする顔はみたくないなと思っていたが以外にも許可はおりた。
条件は朝夕の送迎とその際の階段での付き添い、リハビリへの送迎、着替えなどの個人的な補助を行うことだった。
それでも能力の著しく落ちた夫を雇用してくれるというのだから頭の下がる思いだった。
職場に申し訳なく気が重い私を、夫の上司が励ましてくれた。
「以前、脳梗塞で体に麻痺が残った職員をその奥さんが毎日送迎して定年まで頑張られたことがあったんですよ。なんとかなります。」と。
その時、定年まであと2年弱。夫は子供の為にも働く気持ちと、定年まで職務を全うしたいという強い意志を持っていた。その上司の言葉もあり、私も全力で協力していくことに決めた。
職場まで片道20分往復40分、リハビリのある日はそれを3往復する日々が始まった。
毎日大変だったけども、階段を付き添って歩いていると職場の方が声を掛けて下さり荷物を持ってくれたり見守りを交代してくださることもあり感謝の方が大きかった。
5月に復帰して温かいうちは良かったが、夏が過ぎ気温が下がると体の痛みが激しい時は早退することが多くなり、こんなことでは有休もすぐに使いい果たして職場にとどまるのは無理なのでは?と思う時もあった。
そんな中、あの忌々しいコロナウイルスが猛威を振るい出した。
しかし、本来なら困るところだがコロナの感染者が出ると自宅待機の指示がだされたり、ひどい時には隔日での勤務体制がとられたこともあって私たちにとっては助け舟と言ってもよかった。
あのコロナ騒動がなければ勤め上げることは出来なかったかも知れない。
~社会復帰とその後~(職場復帰)