退院に向けて

頚髄損傷

2月も下旬に入ると機能も随分と回復し、退院に向けての話が出始めた。
回復期リハビリテーション病棟は入院期間に縛りがあり、大腿骨や骨盤の骨折などは最大90日、脳血管疾患や頚髄損傷などは最大入院期間180日が認められている。
夫の場合も3月下旬までは入院出来たので、私は一杯いっぱいまでリハビリを受け少しでも負担のない生活を送るのをすすめたが、本人は1日でも早く職場に戻ることを希望して止まず、入院可能期間を残しての退院日を決めた。
ソーシャルワーカーと話す機会あり、退院後の家のリフォームを進めて行く必要があるため早めに障害者手帳の申請と生命保険の請求をするための診断書の準備に取り掛かった。
自宅はバリアフリーからは程遠く、特に風呂場とトイレのリフォーム工事が安全に生活するのに必要だったからだ。
しかし、この準備万端と思われた判断は大きな失敗で自分の無知さを思い知らされることになった。

10月にケガをして寝たきりだった夫は、3月に書かれた身体障害者診断書の総合所見をみると、
『四肢麻痺、上肢疼痛、痺れあり、指折り困難、歩行困難の状態から、リハビリを3か月継続し1本杖歩行自立(見守りで可能)右上肢は軽度障害(7級相当)、左上肢は著しい障害(3級相当)、両下肢は軽度障害(6級相当)と考える』
と記載がある。随分な回復ぶりだ。握力0だった左手も退院する頃には9kgになり両手を使えばペットボトルもどうにか開けることが出来た。トイレも洋式で手すりとウォシュレットがあれば不自由なく使えるようになった。
退院間近になると外歩き訓練や自宅での訓練も行われた。
外歩きでは本人も嬉しくてアドレナリンが出ていたのだろう、途中休憩を挟みながらも1kmを歩いた。
しかしながら次の日は筋肉が炎症が起こしたのか疼痛が酷くリハビリもままならずベットで横になって過ごした。これでは1km歩けた内に入らないのだが記録には残っている。
この頃は体が一番動いていてリハビリを頑張れば頑張るだけ回復すると信じていた夫は、リハビリの時間外も自主的に筋トレをしたり歩行訓練をしていた。何度かやり過ぎは良くないと注意したが聞く耳を持たなかった。
無理なフォームで頑張りすぎると他の機能に支障がでると注意してくれる療法士もいたが、夫と夫の担当の理学療法士は先へ先へと突き進んだ。
自宅での訓練は職員が同行し、トイレが上手く使えるかや、風呂場では手すりや介護用のバスチェアの位置やサイズを検討したりした。

障がい者手帳を申請していれば補助金が受けられる、そう思って早めに申請したものの手帳を受け取るまでに約1か月かかり、間に合わなかった。
しかも工事や物品は事前に申請が必要で後から補助金の申請を行っても受け付けて貰えないそうだ。
取り急ぎ自費でバスチェアや手すりを購入したが風呂につける小さな手すりがなんと2万円もした。もし、高齢者で介護保険が使えれば10分の1の値で購入が可能だ。
後に家の中に手すりを付けたくて、障害者手帳3級を受け取ってから申請しに行ったのだが上肢と下肢の障害等級で補助金にいろんな条件があるらしく統合3級であっても下肢が5級となっていれば手すりに補助は出せないと断られた。
歩けはしても四肢に麻痺があり疼痛も酷く歩行が困難だと訴えてみたが市役所の職員にどうこう出来る問題ではなかった。
せっかく急いだ障害者手帳の申請にあまり意味はなかったし、生命保険の申請に関しては裏目に出ることになる。このことは後に改めて記載する。

退院のめどが立ち通院リハビリの病院も家から近いところに決まった。
これから家での生活が始まる。お風呂や着替えの介助は私が行うことになる。
病院とは違い不便なこともある代わりに、家族と過ごす自由な時間が待っている。

自宅の階段。上るときは前を向いて登れるが降りるときは膝が曲がりづらいため後ろ向きに降りる。
左手はあまり動かないいので手すりは右手で持つようにする。
自宅の階段は螺旋になっており段の幅が一定でないため足元が危なっかしい。退院後も2階に行くことは今もない。
低いところからの立ち上がりが出来ないため、バスチェアと浴槽内にもイスを置く。丁度右手のあたりに手すりを取り付ければ立ち上がれそう。
この時は浴槽が空だが、実際に入浴する時は一杯に湯を張ることで浮力を利用してなんとか立てる様になるが一人ではかなり危険。
後に風呂のリフォームをし、買った手すりは義母にプレゼントした。

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