愛とか絆とか・・・

随 想

体の不自由な夫と居る私への反応は実に様々。
「夫婦愛だね~凄い夫婦の絆だよね!」なんて目をキラキラさせて言う方がいたり、
「大変ね~あなたの方が身体をこわさない様にね」と眉間にシワを寄せて言う方もいる。
私が思うに前者はきっとご自身が幸せな方なのだろう。
愛があるかと問われれば、夫を見て胸がドキドキする様なことはここ数十年ないし、絆と言うよりは情だったりする。
逆に後者のように変に気の毒がられるのも対応に困るときがある。
四肢麻痺といっても少し歩けるまでに回復してくれたのもあって、私としては目の前に困っている人がいるならお手伝いしましょうか(チョット面倒くさいけど)といったスタンスだからだ。ホント、チョット面倒くさいんですけどネ(笑)
それでもやっぱり実際に辛いのは障がい者本人で、私の体は良く動くし痛みがあるわけでも何でもない。

ただ、一つ挙げるとするなら、何も気にせず自分の好きなように時間を過ごせなくなった事は不満かもしれない。誰かのために時間や行動の制限が出来てしまうと、自分を半分失ったような気持ちになってしまう。私でもそう思うのだから、要介護度が高い場合は介護者の時間はどんどん削られストレスはもっと大きなものだろう。

世の中に愛とか絆とかはあるんだろうけど、今の自分には見えることもないし感じる余裕もない。それに、そういうガラでもない。
愛とか絆って、何かを失ったり心が傷ついたりした孤独な時に初めてキラッと光って気づかされるものなんだと思う。
「アレっ!このキラキラなに?!」「何か繋がってたの見えたけど」って。
その残像こそが身に沁みる様な愛だったり深い絆があった証になるのかなって。
金継ぎの金が光ってみえるように…。

私たち夫婦は今、一心同体になって過ごしててすぐ横に誰かがいることも気づかず二人とも前を向いている状態だと思う。チョット離れて横をみれば相手が見えて愛や絆を感じられるのかも知れないが、そこまでの余裕はないし、横や後ろを振り返ってる暇もない。
生きるって日常をいかに守るかに尽きると思ってる。目の前のすべき事をこなして1日を終えたらまた明日が来て毎日毎日…。
お互いが年とってそれが出来なくなった時は、また次の在り方を考えていく。

愛や絆はよくわからないけど、
朝起きて「オハヨー!天気予報どうなってる~?」って話せる相手が居るのはやっぱり素敵なことなんだろう。(朝から着替えを手伝うのはチョット面倒くさいけど…。)

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